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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)540号 判決

控訴人 鴨井健次郎

右訴訟代理人弁護士 二宮忠

被控訴人 丸紅株式会社

右代表者代表取締役 松尾泰一郎

右訴訟代理人弁護士 小風一太郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。(ただし、原判決書四枚目表四行目中「超過する」を「超過しない」に改める。)

理由

一  当裁判所の請求原因事実の確定に関する判示は、原判決理由第一項説示(原判決書五枚目裏五行目から六枚目表八行目まで)と同一であるから、これを引用する。

二  以上の事実のもとにあっても、控訴人は、動産の割賦払約款付売買契約において代金完済あるまで所有権を留保した売主にすぎない被控訴人は、第三者異議の訴をもって本件物件に対する強制執行を排除することは許されず、単に優先弁済請求の訴のみが許されるべきであると主張するので、これに対する当裁判所の見解を示せば、次のとおりである。

(一)  動産の割賦払約款付売買契約において代金完済まで所有権を売主に留保する約款(以下単に所有権留保約款という)が、代金債権の支払を担保する所謂担保的作用をいとなむものであることは、所論のとおりであり、そのように債権担保のために物の権利移転を利用するという点において譲渡担保と類似する機能を果していることも明らかである。しかしながら、所有権留保約款は、譲渡担保の如く信託行為たる性質を有せず、買主に対する所有権の移転を売買代金の完済という停止条件にかからしめている合意であって、停止条件の成就あるまでは所有権は依然売主のもとから移転しておらず、したがって売主はその所有権という権利の性質上、対世的に、すなわち買主ばかりでなくすべての者に対し自己に所有権があることを主張することができるものであるといわなければならない。

(二)  譲渡担保は、従来債務者の一般債権者に対する共同担保を構成していた債務者所有の物の所有権を、特定の債権者のために債権担保の目的で移転するものであるのに対し、所有権留保約款の場合は、未だかってその物の所有権が債務者に属したことはなく、その責任財産を構成していたものでないという点において、両者は、大なる差異があるものといわなければならない。

(三)  所有権留保約款が担保的作用をいとなむことは前示のとおりであり、したがってその約款の効果もその担保的作用に即して考察されるべきであるとしても、それは、せいぜい(い)売主が売買代金債権を第三者に譲渡すれば、留保していた目的物の所有権も附随性により当然第三者に移転すると解する余地のあること、(ろ)売買代金債権が時効により消滅すれば、被担保債権の消滅と同様に考えて停止条件の成就とみなし買主の所有になると解せられること、などの解釈が可能となるだけであって、前(一)(二)項で述べたような本質的な点、すなわち所有権が買主に移転せず売主に留保されているという根本をゆるがすことはできないといわなければならない。

(四)  所有権留保約款の場合、売主は、停止条件未成就の間は目的物の所有権と売買代金債権の二個の権利を有しており、したがって買主が代金を完済しないときは、あくまでも代金債権を請求するか、それとも売買契約を解除して目的物を取戻し既に受領した代金から目的物の使用料及び損料を控除してその残額を買主に返還するか、以上二つの方法のいずれをも任意に選択できるのであって、これに対して、買主は、売主が以上いずれの方法を選択しても、当然これに対応する義務のあることはいうまでもなく、そこに何らの不当性もない。したがって、買主の一般債権者、とくに本件控訴人の如き差押債権者は、売主からの売買契約の解除があるまでの間に、売主に対し第三者弁済をなし、もって停止条件を成就させ、目的物件を債務者の責任財産に帰属させたうえ、既になされた強制執行手続の続行を求めることができるのであって、そのような処置をとり得る余地のあることをもって十分としなければならない。

(五)  以上のとおりであるから、本件物件が控訴人主張の如く被控訴人の残代金債権八三六万〇一七〇円を上まわる一〇〇〇万円の価額を有すると否とにかかわらず、控訴人の前記主張は採用し難く、控訴人のなした本件強制執行は許されるべきでない。

三  よって、被控訴人の請求を認容し強制執行停止決定を認可した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用は敗訴当事者の負担とし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 豊水道祐 裁判官 舘忠彦 安井章)

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